AIで「能力が爆上がりする人」と「ただのアホになる人」の決定的な差

最近、猫も杓子も「AIの使い方」を教えている。だが、正直言ってその手のコンテンツの多くは意味不明だ。使い方のコツなんて、使いながら覚えればいい。そんなものを座学で学ぶ暇があるなら、一行でも多くプロンプトを打ち込んだほうがマシだ。
しかし、AIが普及するほど、残酷なまでに二極化が進んでいると感じる。 AIを使って能力をさらに加速させる人と、AIに使われて、思考停止したアホになっていく人だ。
その差はどこにあるのか。
「答え」を欲しがるか、「壁」にするか
アホになる人は、AIに「正解」を求める。 自分で考えず、AIが出した答えをそのまま自分の意見にする。AIがもっともらしい嘘(ハルシネーション)をついても見抜けない。これでは思考の筋肉が衰える一方だ。
一方で、能力が上がる人はAIを「思考の壁」にする。 自分の仮説をぶつけ、論理の穴を指摘させ、さらに自分の考えを深める。AIに書かせた文章を叩き台にし、自分の経験を注入して、徹底的に「修正」を加える。この手間こそが、アウトプットに「体温」を宿らせる。
「知識」で満足するか、「実戦」で汚れるか
パソコン教室に行って満足し、家では電源を入れない人が昔からいた。AIでも同じことが起きている。 「最強のプロンプト10選」を保存して満足する人は、何も生み出さない。
昔、ウェブサイト制作が流行った時、僕も自分でも作ってみようと思い、調べてコピペを繰り返してどんどん形にしていった。一方で、コードの理屈で躓いて一歩も進まない人もいた。 AIも同じだ。「適当にやって、動けば正解」という潔さが必要だ。理屈をこねる前に、まずは道具として使い倒し、失敗しながら自分なりの「ツボ」を見つける。それが一番の近道だ。
「一次情報」を持っているか、空っぽか
AIはネット上の情報の平均値を出すのは得意だが、あなたの「経験」は一文字も書けない。 AIに丸投げした記事が手垢のついたつまらないものになるのは、そこに身体性(実際に動いて得た感覚)がないからだ。
「自分はこう感じた」「現場ではこうだった」という泥臭い経験をガソリンにして、AIというエンジンで加速させる。この役割分担ができていない人は、AIという名の「無難な言葉量産機」に飲み込まれていくだけだ。
AIは「知性の拡声器」である
AIは魔法の杖ではない。使う人の知性を増幅させる装置だ。 10の知性を持つ人が使えば100になるが、0の人が使えば、どれだけ高性能なAIを使っても0のままだ。
結局のところ、大事なのは「AIの使い方」という知識ではない。 「何を、なぜ、どうしたいのか」という思考力と、AIの答えを読み解く読解力。そしてなにより泥臭く手を動かす行動力。 それがないままAIを使っても、ただ「効率よくアホな会話を量産する」だけのことである。
AIは人間の手間を極限まで減らしてくれる。でも、考えることを減らしてはいけない。
思考を放棄した人間は、逆にAIに使われるようになってしまうだろう。
投稿者プロフィール
- 自己受容セラピスト。自己肯定感の低さや生きづらさに悩む方を中心に、これまで3,000人以上の問題を解決。解決志向アプローチや再決断療法など、複数の心理療法を組み合わせた独自のセッションで、相談者が本来の自分を取り戻し、自然体で生きられるようサポートしています。
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