ダメな自分を認めたら、マイナスがゼロになってめちゃくちゃ楽になった話

世の中、猫も杓子も「成長」だの「自己実現」だの、うるさすぎませんか?

思うにあれは全部「プラス」を目指さなきゃいけないっていう呪いだと思うんです。

最近気づいたんですけど、「ダメな自分」をさっさと認めちゃうと、人生めちゃくちゃ楽になります。

マイナスがゼロになる瞬間

自分を「ダメだなぁ」って否定しながら頑張っている時って、ブレーキを踏みながらアクセル回してるようなもんです。疲れるだけで、大して前にも進まない。

そうやって頑張っていたとき、ふと「これって意味ないんじゃないか?」と考えるようになり、そこから頑張れなくなりました。

人間って、意味がないことには頭も体も動かないし、やる気も出ない。それを実感したと同時に、焦りました。

このまま、ダメ人間になってしまうんじゃないかと。

焦りはするけど、動けない。ただただ自分の無力さに打ちひしがれました。

そして、自分のダメさを味わい尽くし、どん底まで行ったときに、ふと思ったんです。

「まあこれが自分だ。しょうがない」

そう思ったら、身も心も軽くなったんです。

「プラス」なんていらなくない?

よく「楽になれば、また意欲が湧いてプラスを目指せますよ!」なんて言う意識高い系の人がいます。

別に、無理にプラスにしなくてもいいと思う。

「ゼロ」のままで、ただ生きてるだけで、本当は十分なはずだから。

お腹が空いたら食べて、食料が尽きたら適当に働いて、眠くなったら寝て、飽きたらなんかして遊ぶ。

これ以上に贅沢で完成されたサイクルって、他にあるでしょうか。

みんな本当は「無(ゼロ)」になりたいのではないでしょうか。なんの悩みも苦しみも葛藤もない。「無」な心境。

わざわざ高いお金を払って瞑想して無を目指すのに、「よしこれで無(ゼロ)になった!明日からバリバリ働くぞ(プラス)!」なんて鼻息荒くしてるのも、冷静に見ればギャグですよね。

今の社会は「もっと、もっと」と煽る、バグったシステムだと思います。
それに馴染めない自分も、システムから見れば、ただのバグかもしれません。

同じバグなら、「どっちもおかしいけど、まあいっか」と、寝転がってる方がよっぽど健全な気がします。

所ジョージさん的な「お気楽さ」

所ジョージさんは「人間は、できないことがあるからおもしろい」というニュアンスのことをよく言います。
これはマイナスを埋めるというよりも、できないことがあるということは、それだけ楽しむ余地があるという意味じゃないかと思います。

彼の「おもしろそうだからやる」「くだらないことに全力」っていうスタンスは、自分が「ゼロ(そのままでOK)」だと知ってるからできる、贅沢な遊びなのかもしれません。

「役に立つか」とか「成果が出るか」なんて物差しはこの際捨てて「自分はこれでいい。まあ適当に遊ぶか」と気楽に生きる。

そのくらい「ゼロ地点」で居直るのが、この狂った世の中を一番賢く、楽しくサバイブするコツかもしれませんね。

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投稿者プロフィール

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竹内ともひろ
自己受容セラピスト。自己肯定感の低さや生きづらさに悩む方を中心に、これまで3,000人以上の問題を解決。解決志向アプローチや再決断療法など、複数の心理療法を組み合わせた独自のセッションで、相談者が本来の自分を取り戻し、自然体で生きられるようサポートしています。

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